2013年05月29日

慈しみ(時代は直接工事依頼)

現在やっと、5人態勢で慈しみ深い屋根修理に従事させて頂いております。

慈しみとは、愛の具体制と私は理解しておりますが、注釈や説明など傷だらけでもなお、人として生業おうともがく人達(職人衆・親方衆)には不要でしょう。世にありましてはガテン系とか何かしら一段下に文言として括られておりますけど、手作業と考察を両方その場にて残していく職業は、幼稚な括りでは納めて欲しくないと思っております。既製品の売買や商取引ではなく心のあり方や理念の方が色濃く商品として残る職業だからです。時代は下請けの変わりなぞ幾らでもいるから、元受けの変わりなぞ幾らでもいるに変遷して行っております。インターネットが普及しつくして余程のお馴染みさんでない限り実際現場で戦ってきた職人や親方に直接工事を依頼をする時代にまた変わりつつあります。私はどんな小さなお悩みでも現在持ち得る考察と技術と慈しみと、今まで屋根工事業を生業とさせて頂いた感謝と喜びを日本の屋根にポツンと置きたいと思っております。さほど大げさな事ではありませんし、かといって小事でもありません。この職業は最期にどれだけ屋根や施主を愛の具現化として慈しんだかで価値は決まります。もちろん代価を頂いているわけですから誰からの賞賛を得れるわけでもありません。かえって人の賞賛を受けると慈しむという作業に弊害が生まれますのでむしろ隠れた所でずっといてくれた方が良いのですが・・・賞賛を受けたときに今までの慈しみが心の中で色褪せてしまうのです。(私だけかもしれませんが・・)私の好きな讃美歌を張り付けて本日は終了です。 少し時間が御座いましたらぜひ聞いて下さいませ。